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はじめに
J. S. バッハの4声コラール(バッハ・コラール)を集めたものは『371の4声コラール』というタイトルでBreitkopf & Härtel(ブライトコプフ・ウント・ヘルテル)社から出版されていますが1,これはヨハン・フィリップ・キルンベルガー2とカルル・フィリップ・エマヌエル・バッハ(C. P. E. バッハ)3によって編集されて41784年から1787年にかけて4巻に分けて出版された『ヨハン・ゼバスティアン・バッハの4声コラール』5に基づくものです。
この『ヨハン・ゼバスティアン・バッハの4声コラール』の第1巻(1784)に,編者の一人C. P. E. バッハが序文を書いている6のですが,そこにはこのコラール集の編集方針・目的だけでなく,実際に弾いたり歌ったりする上での重要な注意点も示されていますので,バッハ・コラールに取り組むならばこの序文は読んでおいたほうがよいものです。そこでこれを全訳することにしました。
原文は段落分けなしで書かれているのですが,コンピュータの画面で読む場合それだとちょっと読む気がしなくなりますので,1文1段落にすることにし(場合によってはさらに分割し),それならばついでにということで原文も併せて掲げ,対訳の形にしました。
なお,そもそもこの出版を提案したのはキルンベルガーでした。彼は1783年に世を去ったため,最終的に編集作業に当たり序文を書きもしたのはC. P. E.となりましたが,大バッハの4声コラールの芸術的・教育的価値を鋭く認識し,音楽を学ぶ人々のため後世のため何としてもこれを正確な出版譜にして残さねばならぬとブライトコプフに訴え続けた7キルンベルガーの一連の手紙8は,ある意味でこのコラール集のもう一つの序文ともいえるものを含んでいる,ということを記しておきたいと思います。
全訳(対訳)
V o r r e d e.
前 書 き
Diese Sammlung der Choräle ist nach dem vorigen Drucke von mir nochmals mit vieler Sorgfalt durchgesehen, und von den eingeschlichenen Fehlern gereiniget worden.
このコラール集は,前回の版9のあとで,私によってもう一度細心の注意を払って見直され,忍び込んでいた誤り10から清められ〔てでき〕たものである11。
Vom Herrn Kirnberger, dem ich solche bereits im Jahre 1771. überlassen hatte, sind sie kurz vor seinem Tode an den itzigen Herrn Verleger gekommen.
このような〔コラール〕を私はすでに1771年にキルンベルガー氏に任せてあった12のだが,それが彼が亡くなる少し前,今回の出版者氏13のところに渡ったのである14。
Bey diesem neuen Drucke sind also auch die bey dem vorigen eingemischten fremden Lieder ausgelassen worden,
というわけで今回の新版においては,前回の〔版〕に混ざっていたほかの作者の手になる歌〔= コラール〕は除かれており15,
und die nun abgedruckten sowohl in diesem, als den nachfolgenden Theilen sind alle von meinem seligen Vater verfertigt, und eigentlich in vier Systemen für vier Singestimmen gesetzt.
このたび印刷される〔コラール〕は,この巻においても後続の巻においても,すべて私の亡き父16によって17仕上げられ,そして本来は4つの歌唱声部に応じて4段譜に記譜されたものである。
Man hat sie den Liebhabern der Orgel und des Claviers zu gefallen auf zwey Systeme gebracht,
オルガンやクラヴィーア18の愛好家のため,これを2段譜18に直した。
weil sie leichter zu übersehen sind.
そのほうが全体を見渡しやすいからである。
Wenn man sie vierstimmig absingen will, und einige davon den Umfang gewisser Kehle überschreiten sollten: so kann man sie übersetzen.
これら〔のコラール〕を4声で歌いたいが,ある喉の音域〔= 声域〕を超えてしまうものがある,という場合には,移調してよい。
Bey den Stellen, wo der Baß so tief gegen die übrigen Stimmen einhergehet, daß man ihn ohne Pedal nicht spielen kann, nimmt man die höhere Oktav,
ペダル18なしには演奏できないほどにバスがほかの声部に対して低い〔が,ペダルのない鍵盤楽器で演奏したい〕 場合18には,より高いオクターヴを用いる19。
und dieses tiefere Intervall nimmt man alsdenn, wenn der Baß den Tenor überschreitet.
そしてバスがテノールより高くなっているときには,このより低い音程を用いる19。
Der selige Verfasser hat wegen des letzteren Umstandes auf ein sechzehnfüßiges baßirendes Instrument, welches diese Lieder allezeit mitgespielt hat, gesehen.
亡き作曲者は,後者の事情に関していえば,16フィートでバス声部を奏する楽器20を念頭に置いていた。これらの歌〔= コラール〕は,常にそのような楽器で伴奏されていたのである。
Den Schwachsichtigen zu gefallen, welchen einige Sätze unrichtig scheinen möchten, hat man da, wo es nöthig ist, die Fortschreitung der Stimmen durch einfache und doppelte schräge Striche deutlich angezeiget.
楽譜から声部進行を読み取るのが得意でない人18には,いくつかの曲が〔和声法/対位法の上で〕正しく書かれていないように見えるかもしれない21。このような人のため,必要に応じて声部進行を1本または2本の斜線で明瞭に示した22。
Ich hoffe auch durch diese Sammlung vielen Nutzen und vieles Vergnügen zu stiften, ohne daß ich nöthig habe, zum Lobe der Harmonie dieser Lieder etwas anzuführen.
私はまた,これらの歌〔= コラール〕の和声を称讃するために私が何か述べなくとも,この集成によって多くの利益と多くの楽しみとがもたらされることを願っている。
Der selige Verfasser hat meiner Empfehlung nicht nöthig.
かの亡き作曲者には,私の推薦文は必要ない。
Man ist von ihm gewohnt gewesen, nichts als Meisterstücke zu sehen.
何をも〔= どの自作をも〕傑作とは考えないのが彼の常であったが,
Diesen Namen werden die Kenner der Setzkunst gegenwärtiger Sammlung ebenfalls nicht versagen können,
この集成〔= このコラール集〕に見られる作曲技術を知った人がこの〔作曲者の〕名に文句を言うこともまた不可能であろう,
wenn sie die ganz besondre Einrichtung der Harmonie und das natürlich fließende der Mittelstimmen und des Baßes, wodurch sich diese Choralgesänge vorzüglich unterscheiden, mit gehöriger Aufmerksamkeit betrachten.
これらのコラールを別格のものたらしめている,和声の全く特別な組み立てや内声とバスの自然な流れよう23を,相応の注意深さをもって観察するならば。
Wie nutzbar kann eine solche Betrachtung den Lehrbegierigen der Setzkunst werden,
音楽書法を学びたいと熱心に思っている人々24にとって,このような観察はいかに有益なものとなることだろうか。
und wer läugnet wohl heut zu Tage den Vorzug der Unterweisung in der Setzkunst, vermöge welcher man, statt der steifen und pedantischen Contrapuncte, den Anfang mit Chorälen machet.
また,形式的で衒学的な対位法ではなく,コラール書法への入門に用いられるような書法教程のほうがよいということを,いまどきいったい誰が否定するだろうか。
Zum Beschluß kann ich den Liebhabern überhaupt von geistlichen Liedern melden, daß diese Sammlung ein vollständiges Choralbuch ausmachen wird. Es werden diesem Theile noch drey andere folgen, und alle zusammen über dreyhundert Lieder enthalten.
最後に,そもそも〔4声コラール以前に〕聖歌/讃美歌を愛しているという方々にお知らせできることがある。この集成〔= コラール集〕は,ひとつの完全な18聖歌集と〔も〕なるであろう,ということである。この巻の後になお3巻が続いて,全部を合わせると300以上の歌を収録することになる予定である。
C. P. E. Bach.
参考文献
出版楽譜
- [Bach, Johann Sebastian,] Johann Sebastian Bachs vierstimmige Choralgesänge, [hrsg. von Johann Philipp Kirnberber und Carl Philipp Emanuel Bach,] Bd. 1, Leipzig 1784. ※今回訳したのはこれの序文です。
- Bach, J[ohann] S[ebastian], 371 vierstimmige Choräle für ein Tasteninstrument (Orgel, Klavier, Cembalo), nach der Ausgabe von 1784-1787 (J. Ph. Kirnberger, C. Ph. E. Bach) herausgegeben von Klaus Schubert (Edition Breitkopf 8610), Wiesbaden 1991.
二次文献
- Daniel, Thomas, Der Choralsatz bei Bach und seinen Zeitgenossen. Eine historische Satzlehre, Köln 2000, 32013. ※リンク先は2019年第4版。
- Schering, Arnold, “Joh. Phil. Kirnberger als Herausgeber Bachscher Choralsätze”, in: Bach-Jahrbuch 15 (1918), pp. 141-150. ※印字が薄いです。明度を下げコントラストを上げて印刷すると読みやすくなります。
- Smend, Friedrich, “Zu den ältesten Sammlungen der vierstimmigen Choräle J. S. Bachs”, in: Bach-Jahrbuch 52 (1966), pp. 5-40. ※同上。
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