【要点】
瞬間英作文は,「サイクル回し」によって「自然な刷り込み」を起こしてゆくことで力をつけてゆくものとされている。しかし,忘却曲線を考慮して次第に復習間隔を空けてゆく方法(spaced repetition / spaced rehearsal)を用いて積極的に「暗記」していっても効果が出るので,こちらの方法になじんでいる人は安心してそうしてよい。ただしその場合も,丸呑み暗記はあくまでも避けなければならない。
瞬間英作文とは
「瞬間英作文」 とは,森沢洋介さんによる英語学習法「英語上達完全マップ」の核の1つを成すトレーニングであり,一言でいうと, 日本語文を口頭で英訳してゆくものです。あくまで瞬発的な英作文力を鍛えることが目的ですので(それが話す力にもつながるわけです),高速に・大量に口頭英訳してゆく,そしてそのためにもごく単純なものから始めるという特徴があります。
効果のほどですが,少なくとも私自身が実践した結果からは,特に話す力をつける上で非常に有効であると言うことができます(ただし,私は英語ではなくドイツ語の学習においてこれを行いました。ドイツ語の場合に用いる教材などについては別記事で書きます)。
実際にこれを行なってみますと,いきなりは正しく英訳できなかったり,できたとしても時間がかかりすぎたりするのが普通です。というより,もし初めから高速かつ正確にできるようであれば,その課題についてはそもそも学習の必要がないということになりますね。
ですから同じ課題に繰り返し取り組むことによって力の向上を図ることが必要で,それを森沢さんは「サイクル回し」「サイクル法」と呼んでいらっしゃいます。瞬間英作文に用いる教本を(全体の量が多い場合は,最初は何部かに分けた上で)何周もして,だんだん正確かつスムーズに英文が口から出てくるようにする,ということです。
「サイクル法」への疑問
しかしここで疑問が生じます。教本(あるいはその一部分)を1周するといっても,その1周にかかる時間は人によりさまざまです。そして記憶の保持度に及ぼす影響としては,学習の初期においてはあまり間隔が空くと前に覚えたことを忘れてしまいますし,後期においては逆に間隔が狭すぎると記憶定着の効果が低くなります。ですから,同じく5周,10周するといっても,各周期にどのくらいの時間をかけるのかで結果は違ってきてしまうはずなのです。
こういうことが気にならない方ならよいのかもしれませんが,普段から忘却曲線を意識して計画的に復習間隔を空けてゆく方法(spaced repetitionあるいはspaced rehearsalと呼ばれるものです)でいろいろなことを学習していらっしゃる方の場合,ただ「サイクル回し」と言われても戸惑い,効果が出るのかどうか不安になるのではないかと思います。少なくとも私はそうでした。
そして,効果が出るのかどうかについて不安な気持を抱えたまま始めてしまうと,動機づけ(モチベーション)が大いに弱くなること,さらには効果そのものが実際に落ちることが懸念されます(「これをやったらこういう効果がある」ということを意識しているかいないかで,効果が実際に変わってくるそうです)。
暗記しようとするのは邪道?
瞬間英作文はそもそも暗記することを目指すものではない(むしろ暗記が生じないようにするものだ)から,何かを覚えるときとは方法が違って当然だ,という反論もあろうかと思います。しかし,初め英訳できなかった和文が英訳できるようになるとき,そこには間違いなく英語の語句の暗記が,また「こういうときはこういう構文を使う」という手続きの暗記が働いているのではないでしょうか。そして,そのような暗記なしに,そもそも何らかの学習が可能でしょうか。
ただし,瞬間英作文の効果を著しく弱めるであろう暗記のしかたというのは確かに存在します。それは「丸呑み」する暗記です。何がどうなってこういう英文になっているのかということをよく把握できないまま,ただ答えの英文を覚えてしまう,というものです。このようにすると,その問題だけは以後一瞬で解けますが,応用が利きません。
応用できるのは(つまり,話す力をはじめとする本当の英語力になるのは),その英文まるごとを覚えるのでなく,その英文を成り立たせている各要素(単語,熟語など)とその組み立て方を覚えるということをした場合です。たんぱく質は摂取してもそのまま私たちの体のたんぱく質になるわけではなく,まずアミノ酸に分解されてから吸収され,そうして初めて私たちの体をつくるものとなりますが,それと似ています。
瞬間英作文において「避けるべき」とされる「暗記(が生ずること)」とは,このような「丸呑み暗記」のことなのだと思います。そうではない「各要素とその組み立て方」の暗記,応用可能な暗記は,避けるべきであるどころか必要不可欠である以上,積極的に行なってゆけばよいと思うのです。
なお「丸呑み暗記」が生じやすいのはどういうときかというと,学習者のその時点での実力に対して課題が複雑すぎる(長すぎるand/or難しすぎる)場合です。森沢さんの瞬間英作文教材が最初歩レベルの課題(彼自身の言葉でいうと「ばからしいほどかんたんなテキスト」)から始まっているのは,この点全く適切なことであるといえます。
有効な暗記法を瞬間英作文に適用する:spaced rehearsal
積極的に暗記してよいとなれば,ほかのことを暗記するとき同様,有効な暗記法を用いようということになります。ここで登場するのが,既に言及したspaced repetitionスペースト・レペティションあるいはspaced rehearsalスペースト・リハーサルと呼ばれる方法です(以降,spaced rehearsalで統一します)。これは,初めて学習したことはすぐ忘れてしまう(短期記憶)が,忘れる前に復習してやると次第に長期記憶化してゆく,という人間の記憶の性質に基づいた復習法です。つまり,初めは短い間隔で復習し,その間隔を次第に空けてゆくのです。まず最初の学習の翌日に復習し,そこから数えて3日後に復習し,そこから数えて1週間後,そこから数えて2週間後……という調子です(実際にどのくらい間隔を空けてゆくかは,対象の覚えやすさによって異なってきます)。
既にこの方法をほかのさまざまな学習で実践して手応えを感じていた私は,瞬間英作文(正確には,ドイツ語で行なったので瞬間独作文)もこれでゆこうと決めました。公式に指示されている方法とは異なるので少し不安ではありましたが,そうでないとどうにも納得ゆかなかったものですから仕方がありません。
具体的には,まず,その日に学習する最初のページに日付を書いておき,進めるところまで進んだら「ここまでこの日にやった」という印をつけます。そして必ず翌日に復習し,その部分の最初のページに(最初の学習の日付の横に)日付も書いておきます。以降,次第に復習間隔を空けつつ同じようにします。本来はカレンダーに書き込んだりすべきところでしたが,当時はカレンダーを使う習慣がなかったものですから,適当に前のほうのページを見て,復習するタイミングに当たっていたら復習する,というふうにしていました。
さて,これで十分な効果が出なければ私の考えは間違っていたということになるわけですが,幸いなことに1年も経つころにはドイツ語で話す力がはっきりと改善し(特に,語句を並べるだけの話し方になりがちだったのが,きちんとした文で話せるようになり),ドイツ人たちからも「流暢なだけでなく,本当によいドイツ語だ」と言われるようになりました。私はゆっくりしたペース(主に大学の長期休暇中に1日1~2時間だったと記憶しています。復習だけは学期中も行いました)で進めていたので力の向上も比較的ゆっくりでしたが,もっと集中的に学習すれば効果を実感するまで1年もかからないだろうと思います。
Spaced rehearsalのより詳しい説明と具体的なやり方については,次の記事をお読みください。
Spaced rehearsalのもう一つのメリット:中断しても既習分は確実に身につく
「サイクル回し」で学習を進めてゆく場合,あるところまで進んで初めて戻ってくるわけですから,新しいところに進むのが面倒になって中断してしまえば復習も行われず,その結果,せっかくある程度進めた分もだいぶ忘れてしまいかねません(もちろん,中断したそのページまででセグメントを切って,そこまでをサイクル回しするという方法は考えられますが)。
これに対してspaced rehearsalでは,新しいところに進む進まないにかかわらず,それまでに学習した分の復習は決まったタイミングでめぐってくることになりますので,復習さえ怠らなければ,既習分だけはしっかりと頭の中に残しておくことができます。つまり,中断して時間がだいぶ経ってしまった場合でも,再開したければ中断したところから直ちに再開することができますし,そうしないにしても,ともかく既に学習した分だけの力はついたままです。
念のためもう一度:丸呑み暗記はあくまで避けましょう
「積極的に暗記してよい」と書いた手前,最後にもう一度念を押しておきます。暗記は暗記でも「丸呑み暗記」をしてしまうと,効果が著しく落ちますから,これは避けてください。
そのためにはまず,「どうしてこの日本語(この内容)がこういう英文になるのか」ということを完全に納得することができるよう,基本的な文法の知識はあらかじめ身につけている必要があります(それでもよく分からない課題に当たってしまった場合は,必ず何らかの方法で調べて納得するようにしてください)。
その上で,前述のように,自分の現在の実力に対してレベルが高すぎない教材を選ぶことが大切です。ここでいう「実力」というのはあくまで瞬間的な作文力(話す力)ですので,たとえ学術論文を英語で読むことができても,話すためのトレーニングをそれまでにしていない場合は最初歩から始めることになります。
そして実際に課題に取り組む際には,単に模範英文を覚えるのではなく,あくまでいつも英作文するときのように頭を働かせようとすることです。誤解を恐れずにいえば,ある意味で,頭の働き方は書いて英作文するときと同じです。違いは,口頭で高速に行うということだけです。そしてその高速さは,各要素の英訳のしかた (単語,熟語,構文の選択など) については覚えてしまって,その記憶の助けを借りながら作文すること,さらに,頭の中にストックするだけでなく口にもその英文を定着させることによって実現する,というわけです。
このことにさえ気をつければ,spaced rehearsalを用いて積極的に暗記してゆく(学んだことを忘れないようにする)のは,瞬間英作文においても有効であるといえます。私のように「サイクル回し」と言われてもよく分からない,効果に不安がある,という方は(いや,本当はそういう方に限らず,どなたにもお勧めしたいくらいなのですが),安心してこちらの方法で学習をお進めになってください。
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